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2014年07月20日

幼小連携のための一歩 試案

小学校の心ある教師に提案し、幼稚園・小学校の合同で、研究の第一歩を進める。

Ⅰ.はじめに
 子どもの発達や学びの連続性を保証するために、幼小の接続器の教育をどういうふうにすればよいのかが問われ、試行錯誤されている。
 今ここに、困っている子どもがいるのであるから、現場の人間であり、子どもの成長を願う教師は、この問題に対して、真摯に向き合う必要がある。私たちも微力ではあるが、幼稚園の教師と、小学校の教師とが、初めて膝を交え、この問題への第一歩を切ることにした。

Ⅱ.取組
1.最初の一歩
①現状認識と共通理解
②互いに参観し理解の一歩を
③無理のない継続的な園児と、児童の交流の計画

2.交流実践
①1年生と、幼稚園年長の交流
②長期休暇を利用しての職員の交流
・幼児期の終わりまでに育てたい子どもの姿を共通理解することができた。
③幼稚園と小学校の教務主任が、幼稚園における「アプローチカリキュラム」と小学校における「スタートカリキュラム」の検討


Ⅲ.成果と課題
1.小学校・幼稚園の教育課程・指導計画に交流活動を位置づけ
・園と小学校が全体で、意図的計画的に行うものとしての位置づけが初めて出来た。

2.校長・園長がリーダーシップをとりながら、互いの教職員が幼小連携の必要性を共通理解
・幼稚園と小学校における教育の違いと共通端を互いに理解する営みとなった。

3.幼稚園における「アプローチカリキュラム」と小学校における「スタートカリキュラム」を共通のものとして協力しながら再編成
・接続のための教育を互いに見直す機会となった。

Ⅳ.おわりに
 「はじめの一歩」というテーマでの取組である。今、まさに動き始めたところであると言える。この取組を一過性のもノトせず、二歩三歩と歩み続け、今後内容の面でこれから徐々に検討を加え、子ども達に学びの連続性を保障していきたい。  
Posted by 未来 at 13:38Comments(0)

2014年07月20日

食育 素案

はじめに
 食べることは、幼児の体と心の成長に直接関わることである。また、毎日のことである。
 本園では、幸いにして、園に隣接した畑をお借りし、四季折々の食べ物を育てることが出来る環境にある。
1.取組

①植える

②育てる
③食べる
 畑でとれた物をいろいろな形で、みんなでいただいた。
 食べることだけでなく、子ども達が出来る範囲で、調理にも加わった。調理をするということは、食べ物を大切にする気持ちもでてくるだろうし、ひごろ料理をしてくれている家族の人への感謝の気持ちも湧いてくる。
 旬を感じる食材をみんなで味わうことは、食べる楽しさを体験することとなりました。

④好き嫌いをじぶんで克服しようとするあそび
ア.もりもり元気君
イ.「元気城と、へなへな城」

⑤食べるを生活の一部として
ア.図書の活用
イ.視聴覚教材として

⑥保護者にも食べるの活動に加わっていただき
ア.親子クッキング「簡単朝ごはん」づくり
イ.食の講演会
ウ.試食会
家庭での食生活について考える機会となった。

2.保護者アンケートから

3.成果と課題
 子ども達に、自分たちが植えて育てたパプリカを細く短冊切りにし、さっとゆでで味わってみた。
 パプリカを切る際には、シシトウのような鼻を突くような刺激のある匂いがただよい、子ども達はこのようなきつい匂い香りのある物は食べられるだろうかと心配した。しかし、子ども達は、興味をもってその味を味わい、マヨネーズを付けると、おかわりもしながらおいしく食べた。
 少し嫌いな物でも食べようとする意欲のあらわれが出た様子である。それは、みんなと一緒に食べたらおいしかったという楽しい経験でもあった。

おわりに
 年度当初、園環境に立派な畑があり折角の機会でもあるので、十二分に活用しようと教職員で話し合い共通理解を持ちスタートできた。うね作り等、子どもが畑での活動できるように準備をすることは、なれない職員にとっても大変なことである。また、子ども達も朝の体操の後にペットボトルに水を入れて水やりに行ったり、草抜きをしに行く。しかし、子ども達の力だけでは水やりと、雑草の手入れは十分ではない。放課後の水やりと、週一回の全職員に夜草抜きをしている。四季折々の食物を育てることは、職員の準備が必要となる。全職員の共通理解があるからこそ、子ども達の取組が出来ている。
  
Posted by 未来 at 11:01Comments(0)

2014年07月06日

行事記録綴り・・・記憶より記録

「積み上げ」とは、「つむ」ものがなければ、積み上げられない。
石垣と同じように、1つ1つを積む必要がある。
行事の反省は、必ずしているが、それが積み重なっているだろうか。昨年度の行事が手元にあり、その行事の反省がメモされていて、それを『組織として』理解していて、今年の行事を創っていくことが大事。
行事記録として、園に一冊は有るが、各自のものとなっていない現状がある。
※本来は、4月当初からしたらいいのだが、気がついた今からしたい。
 各自が、「行事綴り」を持つ。
①その行事の係の先生が、「行事計画」を印刷し、園長に渡す。
②印刷された行事計画案を、園長が糊でルーズリーフに貼る。
③「行事計画」会議にかける。
④行事の反省会の際にそこにメモを残しておく。

※この②がしていないことなので、印刷されたペーパーが保管出来ている人と、そうでない人が出てきている。
なので、係の人が作ったプリントを園長に提出してもらい、園長が貼って、会議の資料を出す教務に渡すことにしたら、各自の手をわずらわすことがないから、年間を通して出来るだろうと、今は思っている。
単純なことだが、職員全員がこのようにしておくと、次年度に変化が出る。
(私自身は、「年間行事綴り」を一冊の本に出来るように、パソコンの中に入れている。)


蛇足であるが・・・
幼児のより良い発達を願い日々の保育を頑張っているのだから、保育の記録を自分のノートに書くことが大事になる。
誰が、誰と、何をして遊んでいたのか。なにを困っていたのか。教師は、どうしたのか。今後どう援助しようと思っているのか等々である。
小学校の教師の方が、メモがとれている。それは、時間的に余裕があるからだろうか。
記録がとれないのは、保育記録をとっても、十分活かすことが出来ないから、とらないようになるのか。「教育」というより「保育」に精一杯になってしまうからか。

 先日、研究会に参加した。3歳の遊びの一つに「小麦粉ねんど」の場があった。「ねんどの遊びをし始めたのは、いつからですか」の問いに、「○月○日からで、、今日で○回目になります。はじめは、白い粘土だけだったのですが、まず○日に型抜きの道具を出しました。そのあと、○日から○色にした粘土も用意しました」と、応えていた。
 あそびを記録しているから応えられるのである。そのような教師は、小麦粉の「中力粉」「薄力粉」を実際に試している。堅さについても、考えている。型抜き遊びがうまくできる堅さの工夫もしている。
 この先生がそうであるように、記録を書く教師は、「教育」をしようとしている教師である。
 記録がなければ、教師の意図的な教育がわからないし、子どもの変化を読み取れないので、「教育」というより「子守」に近くなる。

 悲しいかな「記憶は、すぐに忘れる」。しかし「記録は残る」。
 メモでいいから、ノートに記録したい。普段小さなメモ帳を持ち歩いてメモをしているなら、それをノートに貼ったらいい。そして、マーカーで印を入れたり、ノートに付け足したりすると、十分記録となる。
  
Posted by 未来 at 18:43Comments(0)

2014年07月05日

名前を呼ぶ回数

1日で、子どもの名前を何回呼んでいるだろう。
誰の名前を呼ぶことが多いだろう。

ともすれば・・・・
教師は、6人グループの子ども達を呼ぶときに、そのグループの同じ子どもの名前ばかりを呼んでいないだろうか。
グループのリーダーだからその子の名前を呼ぶのですと言った、教師の理屈を付けて・・・。
6人のグループなら、出来るだけ順に、みんなの名前を呼んであげてほしいのです。

先生に、名前を言ってもらいやすい子がいるということは、言ってもらいにくい子がいると言うことなのです。
一度、自分がどの子の名前をよく呼んでいるのか、振り返ってほしいのです。
ふだんの在り方、教師の人権感覚というものだと思うのです。
  
Posted by 未来 at 11:17Comments(0)