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2014年11月01日

保育を見せていただく、教師の基礎基本

全く、・・・。
先日研究授業があり、最後に指導助言と言うことで、話をさせていただいた。
その話に入る前に、研究授業を見せていただくときの基礎基本ということを話した。

推理小説を読むと、物語の結末は、決まっている。しかしながら、ここに遊ぶ子ども達のストーリーは、変化する。
例えば小学校での授業の参観者が、あるこどものそばによって、その問題の答えはねえ・・・と、話し始めたら、異様な光景だとすぐ感じる。
幼稚園の教育活動においても、遊んでいる子どもにこちらから声をかけて、その子どもと遊び始めるのは、異様な光景なのである。

もちろん幼児は、人なつっこいから、子どもから声をかけに来る場合が多々ある。
その場合は、対応をきちんとしたらいい。
今回の教育活動の中では、参観者の先生に「絵本を読んで」と、話しかける場面があり、その先生は、「ごめんなさい、担任の・・先生に読んでもらってね」と、返したそうである。ある先生は、子どもがドングリビスケットを配ってきたので、おいしく「ぱくぱく」とおいしくいただいた。私も配ってくれた子どもに、「これはどんなあじのビスケットなの」と聞いた。こどもは、少し考えて「薄塩」言ってまた違うところに行った。

子どもから関わってくるときは、きちんと対応するが、こちらからは極力子どもの遊びを変化させないように見守るのが、礼儀ではないだろうか。
もちろん、危険を感じたり、泣いていたりという緊急なときは、別だが・・。

はじめて見る方であろう。座り込み、特定の子どもとのやりとりを長い時間楽しんでおられた。
教育活動を見せてもらう姿としては、ちょっとちがうのではと感じた。
私は、担任にも言っている。そのこと遊ぶためにいるのではなく、その子が、いきいきと遊びをするために、関わる必要があるときに関わるのだと。
一緒に楽しく遊ぶ場面。応援する場面。見守る場面。どのようなとき、どのように教師の出番として出るのかが、教師の力量ではないだろうか。


  
Posted by 未来 at 10:56Comments(0)