2011年05月06日
授業力
幼稚園教師に、求めるもの。
もしも、アンケートをとったとすれば・・・
・幼稚園の子どもにとれたとしたら。
①やさしい先生。
②必要なときに、必要な支援をしてくれる先生。
③安全を守ってくれる先生。
そのように思うのだが、どうだろう。それとも、どんなことなのだろう。
・幼稚園保護者にアンケートをとってみたとすれば。
①安心して任せられる。
②自分の子どもが、好きだという先生。
③笑顔よしの先生
などだろうか。どうだろう。
小学校の子ども達なら、「おもしろい」のつぎに「授業が上手」と、なるように思うのだが。
さて、幼稚園での「授業力」は、大事なのか、求められていないのだろうか。
授業力と言うよりも、「集団支援力(集団をまとめ動かせる力)」が大事なのだろうか。
いきいきと遊ぶ環境をととのえることで、子どもは主体的にあそぶのだから、授業力というより「環境構成力」が求められているのだろうか。
あるいは、一人一人が、安全安心して過ごすことに優しく関われる「人間力」がもとめられているようにも思う。
私は、「授業力」の中に、集団支援力と、環境構成力、人間力があるのではないかと、今考えている。
では、「授業力」のある良い保育とは、どういうものをいうのか。
40分が、ひとつのまとまりと幼稚園では考えられている。
その40分で、どういうことが満たされていれば、授業力のある良い保育となるのか。
あるいは、子どもにどういう姿が見られたら、授業力のある良い保育となるのか。
私は、3年間幼稚園教師をしてきて、一番この「授業力」についての学びが少ないと思っている。
先生方が、日々の保育で忙しく、研究というところにいけない現状があるからである。
現状は、こうである。
5月1日のこと。ある先生からは、6時半に電話があり、「発疹がひどく出たので、医者に行きます。送れるので申し訳ありません」である。その前日の夜、違う先生から「調子が悪く2日寝ていました。なので現職教育のまとめが出来ていないのですが・・・」。先生方は、自分の体の調子が悪くても、おいそれとは休めない状況にある。5月1日の2時に迎えに来た保護者が、昼に幼稚園に電話をして長く鳴らしたがだれも出ませんでしたと言う声があった。常に、私が電話の子機をもちあるいているが、小学校に連絡に言った場合などは、職員室に誰もいない。
幼稚園は、ぎりぎりの人員の中で、先生方も勤務時間だけではやりくりでず、連日2時間ほどの超過勤務をしている状態である。
このような日常の上に、さらに研究をするような環境を作ることが困難である。
私の勤める園では、朝5分間の「読書会」をしている。1日5分でも3年で、「幼稚園教育要領解説」の本を1冊読み終えた。ちりも積もれば・・・である。
今年度は、まず、授業を見合う場をつくることを提案している。
ビホー、アフターというテレビ番組があった。
6月に、自分の保育を他の先生に見てもらう。特に、指導案は必要ない。週案だけでよい。そして、見てもらった後に、「良い点と、改善したらよい点を指摘してもらう」そして、自分なりの課題を持って、日々の保育に取り組む。そして、11月頃に授業研究をする。
このようにすれば自分なりの課題が持て、取り組めるからである。
小学校では、他の先生の授業を見る機会がいくつかあるが、幼稚園では、年に2回しかない。
機会がないから、授業力を変化させ成長することがむずかしい。なので、自分の園でその機会を主体的につくり、自分の授業力を変化させ、自分を成長させる機会をつくる必要がある。
私は、そのように考えている。
もしも、アンケートをとったとすれば・・・
・幼稚園の子どもにとれたとしたら。
①やさしい先生。
②必要なときに、必要な支援をしてくれる先生。
③安全を守ってくれる先生。
そのように思うのだが、どうだろう。それとも、どんなことなのだろう。
・幼稚園保護者にアンケートをとってみたとすれば。
①安心して任せられる。
②自分の子どもが、好きだという先生。
③笑顔よしの先生
などだろうか。どうだろう。
小学校の子ども達なら、「おもしろい」のつぎに「授業が上手」と、なるように思うのだが。
さて、幼稚園での「授業力」は、大事なのか、求められていないのだろうか。
授業力と言うよりも、「集団支援力(集団をまとめ動かせる力)」が大事なのだろうか。
いきいきと遊ぶ環境をととのえることで、子どもは主体的にあそぶのだから、授業力というより「環境構成力」が求められているのだろうか。
あるいは、一人一人が、安全安心して過ごすことに優しく関われる「人間力」がもとめられているようにも思う。
私は、「授業力」の中に、集団支援力と、環境構成力、人間力があるのではないかと、今考えている。
では、「授業力」のある良い保育とは、どういうものをいうのか。
40分が、ひとつのまとまりと幼稚園では考えられている。
その40分で、どういうことが満たされていれば、授業力のある良い保育となるのか。
あるいは、子どもにどういう姿が見られたら、授業力のある良い保育となるのか。
私は、3年間幼稚園教師をしてきて、一番この「授業力」についての学びが少ないと思っている。
先生方が、日々の保育で忙しく、研究というところにいけない現状があるからである。
現状は、こうである。
5月1日のこと。ある先生からは、6時半に電話があり、「発疹がひどく出たので、医者に行きます。送れるので申し訳ありません」である。その前日の夜、違う先生から「調子が悪く2日寝ていました。なので現職教育のまとめが出来ていないのですが・・・」。先生方は、自分の体の調子が悪くても、おいそれとは休めない状況にある。5月1日の2時に迎えに来た保護者が、昼に幼稚園に電話をして長く鳴らしたがだれも出ませんでしたと言う声があった。常に、私が電話の子機をもちあるいているが、小学校に連絡に言った場合などは、職員室に誰もいない。
幼稚園は、ぎりぎりの人員の中で、先生方も勤務時間だけではやりくりでず、連日2時間ほどの超過勤務をしている状態である。
このような日常の上に、さらに研究をするような環境を作ることが困難である。
私の勤める園では、朝5分間の「読書会」をしている。1日5分でも3年で、「幼稚園教育要領解説」の本を1冊読み終えた。ちりも積もれば・・・である。
今年度は、まず、授業を見合う場をつくることを提案している。
ビホー、アフターというテレビ番組があった。
6月に、自分の保育を他の先生に見てもらう。特に、指導案は必要ない。週案だけでよい。そして、見てもらった後に、「良い点と、改善したらよい点を指摘してもらう」そして、自分なりの課題を持って、日々の保育に取り組む。そして、11月頃に授業研究をする。
このようにすれば自分なりの課題が持て、取り組めるからである。
小学校では、他の先生の授業を見る機会がいくつかあるが、幼稚園では、年に2回しかない。
機会がないから、授業力を変化させ成長することがむずかしい。なので、自分の園でその機会を主体的につくり、自分の授業力を変化させ、自分を成長させる機会をつくる必要がある。
私は、そのように考えている。
Posted by 未来 at
00:05
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